群馬大学産学連携・共同研究イノベーションセンター[トップ] > センター機関紙2002 12月号
(財)群馬大学科学技術振興会 理事長 大谷 杉郎
群馬大学 名誉教授

 特許の常識(1) 
− せめてこれだけは −

 私に特許弁理士の資格はありませんが、長年にわたって、自分の特許を扱った経験をもとに会得した「実践的特許の常識」を書いてみました。ご参考になれば幸いです。

@ 特許権で守られていない研究を工業化する事業家はおりません

 実用化を考えるなら、まず特許権を取得することが、必要不可欠な前提です。出願し、公開され、審査をうけて登録されるまで、数年かかります。登録 されないと、権利はできませんが、せめて出願してあることが必要です。特許権なしでスタートした共同研究などの場合でも、研究のできるだけ早い段階で特許を出願する必要があります。特許をとれる見込みがなければ、実用化のための研究は、多分中断されるでしょう。

A 発表する前に特許を出願をして下さい
 【自分のした発表のために、特許が拒絶される危険があります】

 大学の先生は、一日でも早く研究成果を公表したくなる習性があります。でももし実用化に関心がおありなら、発表する前に特許出願をして下さい。二つの理由があります。

(1)  不特定多数が参加する会合(学会、セミナーなど)で発表すれば、発表内容は公知事実となり、印刷物があれば、これが「公知文献」となります。この時点で皆が知っている公知の事実になったよ、と認めるわけです。公知の事実になってしまえば特許にはなりません。でも特例として発表してから6ケ月以内ならば、研究者が同じ内容で特許出願することはできます。しかし6ケ月以上たってから出願しますと、もう公知の事実なのだから、特許としての価値がないと判断されます。このため、発表者本人が出願しても、この公知文献があるこを理由に「拒絶査定」されると考えて下さい。また6ケ月以内に出願する場合も、発表前に出願するときにくらべ、出願内容に制限が加えられます。ですから、「発表前に出願」があくまでも原則です。また新開発表なども同じ危険性があります。
(2)  発表を聞いてそれをヒントにした特許を、他人がいそいで出願する危険性が十分あります。日本では出願日時の早いものが優先されますから、後から本人が出願しても、先行特許が出されていると言う理由で「拒絶」されます。6ケ月以内は優先されるといっても、上手に工夫されていれば、真似だ、独自だの論争は容易ではありません。

B 「発明者」のままでは権利はありません
あるのは「出願人」です

 特許には、発明者と出願人を記載する必要があり ます。発明者はその発明をした人で、あとになって変更はできません。出願人はその特許を出願した人で、発明者と同じでも、別でもかまいませんし、人数も一人でも複数でもかまいません。特許の権利はすべてこの出願人にあります。また出願人は後になって変更することもできます。権利を主張できるのは出願人だけですから、発明者に相談なく特許を他人に売ることも出来ます。

 もともと発明によって、特許を受ける権利が生まれるのですから、特許を受ける権利は本来発明者がもっています。しかしその権利を主張するには、出願して登録されかナればなりません。自分が単独で出願人になるか、すくなくとも共同出願人として名前を連ねておく必要があります。発明者が出願人にならない場合は、出願人との契約により自分の利益を確保しておくことが必要です。そうしないと、発明者は権利を放棄したことになります。

 国有特許にした場合は、出願人にはなりませんが、規則に従った還付金が支払われます。発明者と国との契約ということに相当するのだと思います。

C 特許出願は自分でもできます
経費は21,000円です
※ この記事は2002年のものですので、詳細は特許庁「産業財産権関係料金一覧」をご覧ください。

 特許出願の方法はいろいろあります。TLOができれば、そこが一切やってくれることになるのでしょうが、現在のところ学内に特許相談の担当者がいるのかいないのか私はよく知りません。群馬県の工業試験場内にある「知的所有権センター」では相談にのってくれます。北関東産官学研究会の登録顧問団の中に二人の弁理士がおられるようですから、こちらも相談にのってくださるだろうと思います。思い付く出願方法を列挙します。

 1) 自分でだす
 2) 科学技術振興事業団に頼む
 3) 特許弁理士に頼む
 4) 仲のよい信頼できる企業に頼む

 特許出願の書類はなにも難しくありません。一定の書式が決まっていますから、科学研究費の申請書を書くつもりになれば、同じようなものです。ただ多少要領を会得する必要がありますので、近い内容の特許を参考資料として読んでみれば、書き方の要領が分かると思います。メールで出願手続きができます。地域共同研究センター長の長屋先生は自分で出願手続きをしておられるようですから、お聞きください。出願料は21,000円です。

 科学技術振興事業団は、大学の先生の研究の特許申請から実施契約の相手探し、開発のための資金助成まで広く面倒をみてくれますから、電話してみて下さい。経費は全くかかりません。事業団との契約で、出願人は事業団です。出願後の特許の取り扱い
は事業団のルールによって進みますから、発明者の希望は聞いてくれますが、自由にはなりません。

 特許弁理士に依頼すると、申請書の作成から申請、さらには出願後のもろもろの連絡をしてくれますから、一番問題がありません。ただし1件あたり30〜50万円程度の経費がかかるとおもいます。

 最近の大企業では、知的所有権について発明者の権利を尊重するようになってきましたから、共同出願ということなら、よろこんで、手続き、経費の一切を負担してくれるところは多いと思います。別に契約書を交換するなら、単独出願の面倒をみてくれる可能性もあります。もちろん企業との間の相互信頼関係があることが前提です。中小企業の方がこの点では遅れていて、特許の経費を俺の方でもつのだから、出願人は企業だけにしたいと主張する傾向があります。でもそれは時代遅れです。本来特許申請の権利は発明者にありますし、特許の中身の価値は、特許経費よりはるかに大きいのですから。

 大学も産学共同をすすめるなら、このあたりの対応について、一定の指針をきめておくことが望ましいと思います。

D 出願から登録まで
【一度は拒絶されるものだ、と思って下さい】

 出願しただけでは特許権は発生しません。出願から3年以内に「審査請求」を行って、審査を受け「登録」される必要があります。特許庁の審査を問題なく通過すれば、正式に「登録」されます。審査から登録されるまで2,3年はかかるようです。審査請求にはおおよそ9万円前後のお金もかかります。ですから、出願だけしておいて、その後の様子によって審査請求するというのが実際的かもしれません。

 この審査の過程で、審査官に疑問があれば、理由をつけて、多くの場合いくつかの学術文献や、先行特許のコピーをつけ、これらのものに既に述べられているから駄目だという「拒絶理由」の通知がきます。これは必ず一度はくるものだと思っていた方が精神衛生上楽だと思います。これに対して、そんなことはない、ここが違い、ここが新しいと意見書を書いて送ります。素直に認めてくれるときもあれば、審査官が反論したり、別の新しい文献をつけて、これに触れるからと再度「拒絶理由通知」をしてくることもあります。また意見書をかきます。あるいは拒絶査定の通知に記載されている担当審査官に面談で説明することもできます。とにかくそうやって審査官が納得すれば、この発明は特許しますよということになります。つまり登録されることになります。


 特許の常識(2) 
− 申請書を書くときに −

 申請書の内容は、大きく分ければ「特許請求範囲」「詳細な説明」「実施例」になります。細かくみると「詳細な説明」の中はさらにいくつかの項目に分かれています。

E 論文と特許は違います

 「驚くべきことには、・・・・・・・」という文句が入る方がいいんだよ、といわれたことがあります。論文はどうしても理論がなくてははじまりません。しかし特許は必ずしも理論的に解明されている必要はありません。むしろ従来の知識や理論からすぐに推測できる理路整然たるものは特許にはなりません。「これまでの理論や先行特許から容易に推測できる」という理由で拒絶されます。これまでの「公知の知識にない」というのが特許の要件であって、理論的解明は別の話なのです。かくかくしかじかの条件を満たせば、かくかくしかじかのこれまで知られていなかった新しい材料や機構が実現できる、というのが特許です。

F 特許になる2つの要件

 特許として認められるかどうかは、つぎの2つの条件を満たすかどうかです。

(1)新規性、(2)進歩性

新規性はこれまで世間に知られていない、つまり公知文献に記載されておらず、だれも実施していないということです。進歩性というのは、従来技術と比較して、特性が格段に改良されたかどうかということです。新規性には、画期的な新規性もあれば、改善的な新規性もあります。どちらも新規性に当たります。画期的に新しい概念を見つけ出し、これまで無かったような特性を実現すれば、進歩性にも優れているわけですから、いわゆる「基本特許」になるでしょう。しかしこの新しい概念にさらに新規の工夫を加えて、一段と特性を進歩改善するような、いわゆる「改良発明」も十分特許として認められます。特許庁から送られてくる特許証には、これは基本特
許、これは改良特許といったような区別や記載はどこにもありません。特許証の文面から見る限り、差別は全くありません。とはいっても、実社会の中での基本特許と改良特許の関係は複雑です。両者の関係はあらためてHで触れます。

 とにかく、画期的か改善的かは問わず、新規性と進歩性のあるものは特許になります。

G 特許請求範囲

 私は材料関係の特許だけ書いてきましたから、その他の分野のことは知りません。でも基本的には共通しているだろうと思っています。

 材料関係では、「物質特許」と「プロセス特許」とがあります。「物質特許」は「かくかくの特徴的な分子構造、化学組成をもち、かくかくの新しい有用な特性を示す物質」についての特許です。パラメーターで特定した物質でもいいのですが、産業上有用な特性をもつものに限ります。どのような方法で作られるかは関係ありません。特許で示された特徴をもつ物質なら、どのような方法でつくられたものでもこの特許に抵触することになりますから、材料については正に「基本特許」です。「プロセス特許」は、かくかくの製造方法とかくかくの条件をもちいれば、かくかくの特性をもった材料が得られるという特許です。数としては、圧倒的にプロセス特許の方が多いとおもいます。

 「特許請求範囲」は、上記の説明のなかの「かくかくの」と書いた部分の内容を明示し、ここに示された範囲を特許として認めて下さいと請求する項目です。特許の価値はここできまります。どのような表現で書くか、もっとも気を使うところです。

 簡単に、狭い条件の範囲を指定すれば、審査はとおりやすくなりますが、他人が、指定された範囲を巧妙にすりぬけた似たような特許を出す危険性があります。さりとて、あまり範囲を広げすぎてどんな条件でもいいような表現になれば、特許になりにくくなります。
 個人的な感想では、あまり欲張らない方がいい、と思っています。

H 特許は訴訟と談合の世界

 特許の世界には裁判所にあたる制度はありますが、検察に当たる制度はありません。ですから「この技術はこの特許を侵害しているか」とか「この特許はあの特許の権利者の承諾なしに実施できるかどうか」といったような問題は、関係者が直接自分で、相手に文句を言ったり、クロスライセンスと言われる相互の特許の貸し借りのような談合をしたり、裁判所にあたる「審判」に持ち込んで解決するしかありません。このような作業はとても個人が片手間でできるものではありません。企業の知的財産部や特許弁理士は、先の出願作業の他に、このようなことに対応する仕事が重要になります。もちろん法律的な知識や経験が山ほど必要ですから、私などには出来ませんが、随分おせわにはなりました。

 私はピッチ系炭素繊椎についての「基本特許」だと自他ともに認める特許を二つ三つもっていました。その後「改良特許」にあたるものが、数えきれないほど出され、それを頼りにいくつかの企業が工業化を試みておりました。私自身は、それらの改良特許は全部基本特許に抵触しているとおもっています。しかし当時大学数官だった私は、特許をとっておくことによって、国の産業防衛になればいい、と思っていましたから、私から行動をおこしたことは一度もありません。それでも長期にわたって奨学寄付金をオブリゲーションなしで提供してもらったりしていましたから、世の中はそれで泰平です。ところが、米国のある会社が、私の米国特許より2年遅れて同じような特許を出し、特許係争が、双方の特許の有効期限がきれるまでつづきました。私の特許につけ込まれる隙があったのです。そのとき、開発途中だった日本の複数の企業に、米国企業が「我が方の特許の侵害になるおそれがある」と警告してきました。国内各社は相談して、私の特許をもとに、防戦に追われたことがあります。はからずも、私が思っていた産業防衛の役には立ったことになりま

 す。細かいことはべつにして、特許の世界は訴訟と談合の世界だと思っています。こんなことははじめて特許を書こうとするときには、お考えにならなくともいいと思いますが、できるだけつけ込まれる隙のない特許を書くようにすることは必要だろうとおもいます。その一つが実施例の書き方です。

I 実施例

 「特許請求範囲」に書いた方法や条件、得られる特性などが、妥当であることを示す実験報告書の要約が実施例です。請求範囲によって、実施例の数も変わります。一つのときも、三つ四つあるいはそれ以上のときもあります。実施例の記載は後で修正することはできません。その点には十分留意してください。もしそこに書かれている方法や条件で追試をして、言われているような結果が得られなければ、その特許の無効を申し立てることができます。

 日本蚕毛鰍フ有名な「導電性繊維」の特許が、韓国で真似られて、似たような少し簡単な方法でできる、という特許が韓国特許になりました。日本蚕毛で開発を担当した五味渕君は、この方法は既に検討海みで上手くいく筈がないというのです。そこで実施例の追試を徹底的に行い、全プロセス写真つきで、異議申し立てをしました。一回の申し立てで、先方の特許は取り消しになりました。私の特許がアメリカ企業につけ込まれたのは、実施例の記載に甘いところがあったからです。私は常識だと思って細かい説明をしなかった途中の過程を、アメリカではもっと違う方法が常識で、これによると再現しないと難癖をつけられたわけです。

 まあ、基本的な要点を漏らさないようにして、できるだけ簡単明瞭に書くのが、実施例を書くときの要領ということになります。


 特許の常識(付録) 
− 誤解を避けるために −

J 研究の社会的分業

 ここまで書いてきて、誤解されそうだと心配になってきましたので、蛇足を加えることにしました。私はたくさんの特許を書き、いくつかの研究が工業化される幸運にめぐまれました。しかし、大学の先生が特許を書くことに夢中になるべきだなどとは、けっして考えていません。むしろ研究には「社会的な分業」があるというのが私の信念です。16年前に書いて、今でもいくつかの大学でお使いいただいている「新工業化学概論」という教科書に、次のような趣旨のことを書いておきました。「大学は個性的な基礎研究の場で、成功の確率はふめなくとも、その人が面白いとおもう課題を追求すべき社会的任務をもっている。それらの中から、社会の要求に結びつきそうな結果を選んで、企業や国の機関で、組織的な実用化研究や開発研究が組まれる。これが大局的にみたときの、研究についての社会的な分業である。」簡単にいってしまえば、大学は基礎研究、企業化は産業界、という分業です。

 この考え方は今でも全く変わりません。ただ私のいう「基礎研究」は、いわゆる理学的な研究だけでなく、工学的な、応用化学的な基礎的学問体系を含みます。工学部ではむしろ後者の広義の基礎研究が主体になると思います。このような基礎研究の過程で、ときとして応用に結びつきそうな成果がいくつも生れます。このときが特許の出番、実用化の出発点です。私の経験では、動き出すのは、いつも産業界からの働きかけでした。特許も共同出願が大部分で、一部に企業を含まない出願もありますが、これらをふくめ、経費や手続きはすべて企業側が受け持ってくれました。また複数の企業が関心を示したため、相談の上で、発明者だけが出願人になって、特許維持会社をつくったこともありますし、科学技術振興事業団にもいろいろお世話になりました。

 面白いことに、企業側主体ですすむ実用化研究の進展は、逆に私の受け持つ基礎研究を、学問的にも、経済的にも、大いに促進する効果をもたらしてくれました。その意味で産学共同は、基礎研究の促進と矛盾はしないどころか、大いに深化させると思っています。

 私の活動の前半は、60年安保、70年安保の大学紛争の時代でしたから、今とは逆に「産学共同は敵だ」とされていましたが、当時の私は「国益重視」、「わが国の産業防衛」は国立大学の任務と割り切っていました。そのためには、特許を出願しておくのも、当然の任務だと考えてきました。その考えは今でも変わりません。

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